月の王と太陽の王が袂を分かったとの噂が飛び込んできたのは、長い冬が終わりかすかに春の気配が香る頃だった。
それに伴って、竜王たちが真っ二つに派閥を分けたらしい。
月の王アルリーゴ、風の王ブラホスラフ、海の王エーレンフリートの一派と、太陽の王フロレンツ、空の王ファーレンテイン、そして大地の王ドラホミール――それまで凶つ星を滅ぼさんと団結していた竜王たちが、互いの首を掻かんと剣を取り始めた。
「あなたは、これを望んでいたの?」
悲しげに問う少女に、凶つ星は片眉を上げた。しかし彼の表情は浮かないまま、不機嫌そうに眉をひそめている。その様子が気がかりで、少女はそっと彼の肩に頭を預けた。
「同士討ちなどバカげている。俺が欲しかったのは竜王一人一人の首だったのに、これではまるで意味がないじゃないか」
歯噛みするようにそういった凶つ星は、唾棄するように空を見上げた。
かつては六界を支配した王たちがなんというザマだ。これでは争いを繰り返す人間たちと何も変わらない。絶対的な存在であるが故にその撃滅を望んだのだ。
これは、これでは。
凶つ星がそうであれという存在意義がなくなってしまう。
「……例え王たちが死んだとして、そして俺はどうなる? 奴らへの敵意から生まれた俺が、奴らのいない世界でどう生きる? 俺は――そうなってしまえば、滅ぶしかない」
竜王が滅び、群れを成す人間たちが世界を生きるとして。
そうなれば凶つ星は次第に忘れ去られていくだろう。人間たちとはそういう生き物だった。時に縛られ短い時間しか生きることができない彼らは、あっという間に何かを忘れてしまう。
「そうなれば、俺は死ぬのか。例え竜王どもを殺したとして、待ち受けているのは緩慢な死だ。新たな王として立つことなど考えたくもない……」
それは少女が初めて聞いた、凶星の泣き言だった。
強さを体現して生きる彼の目に曇りはなく、赤い瞳は常に前を向いている。
けれどその存在の脆さを知った時、彼はひどく狼狽して崩れ落ちてしまった。
少女に出来ることは、寄り添いそっと彼と心音を共有することだけだ。
「私は」
「なに?」
「私には、あなたが必要だよ。帰るとこなんてどこにもないもの。あなたにいなくなられたら、困る」
悲しげに彼に擦り寄った少女は、ずいと身を乗り出した凶つ星に近づいた。
唇が触れあいそうな距離で、彼女は小さく呟く。
「名前、くれるって言ったから……だから、いなくならないで」
周囲に満ちる気は、竜王たちのせいで刺々しく、呼吸をするだけで凶つ星の体を苛んでくる。
けれども辛いのは、彼女もいっしょだった。きっと同じ時を過ごしたせいで、世界が彼女を敵だと認識し始めている。
喉の苦しさを抱えながら、それでも少女は懸命に彼を包み込んだ。
「どこにもいかないで、私のお星さま」
震えた声に重ねるように、星はそっと彼女の唇をついばんだ。